エッセイ

無宿渡世母がゆく 子育てコンビニ編3

無宿渡世母がゆく 子育てコンビニ編3のイメージ

2022年2月22日

無宿渡世母がゆく 子育てコンビニ編 3
―大五郎、江の島海岸に立つ―

水無田気流

今年の2月、家族で江ノ島に遊びに行った。わが一子大五郎(仮名)は、このとき1歳4か月。
生まれて初めての砂浜に、大興奮。笑顔で走り回っていた。

そこへ、アベックが通りかかった。すかさず、大五郎は彼らの前に立ちはだかり、得意の「ん~ばっ! ん~ばっ!」を繰り出した。
解説しよう。これは「いないいないばあ」である。
大五郎は「いないいないばあ」が大好きであり、しかも自分が好きなことは他人も好きに違いないと信じている。だから人の気を引きたいときには、「ん~ばっ!」と言いながら、顔の上で手を開いたり閉じたりするのである。
ではなぜ、大五郎はアベックが好きなのか。それは、アベックはたいてい、幼児に優しいからである。

たとえば、若い恋人同士の場合。女性が「きゃーかんわいい~!」と言って喜び、彼女の笑顔に、彼氏も幸せそうな顔をする。
また、現役子育て中のご夫婦の場合、「うわぁ~じょうずねぇ~」「うまいなあ」などと言いつつ、「いないいないばあ返し」をしてくれたりする。
さらに、熟年ご夫婦の場合、お母さまが「まあ、今が一番かわいいときねぇ」などと目を細めつつ、しみじみとかわいがってもらえる。

つまり、経験上大五郎は、アベックの人たちが自分に優しいのを知っているのである。
だが、そのとき遭遇したアベックは、何というか……女性は……オミズの花道ベテラン臭ただよう感じ。男性は、どうもその同伴デート相手というような熟年オヤジ。
さすがは鎌プリも近い「失楽園」メッカである(?)。いかにもな、同伴デート風味カップル……。

それにもかかわらず、大五郎は「ん~ばっ! ん~ばっ!」と、満面の笑顔。
これに対し、眉をひそめ、真剣にイヤそうな顔をするオミズの花道。その女性の剣幕に、ひどく困った顔をする偽渡辺淳一オヤジ。
それでもめげずに、愛想を振りまく大五郎。その息子の後ろで、硬直する私。
気まずい。気まずすぎる……!

大五郎、世界は広い。いろんな人がいるのだと心せよ。

<続く>

コンビニ通信vol.13(2010年4月発行)掲載

 

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